今、ここ、次はない 第二話

その日は物凄い雨が降っていてグラウンドコンディションが最悪だった。

 

首位攻防戦、負ければポイントで逆転を許す譲れない一戦だった。

泥にまみれることなんて誰も臆さない。

 

彼もFWとして先発、ドロドロの中で元気にチェイシングを仕掛けていた。

前線からジョッキーをしてくれるので、後ろの守備は大助かり。

開始数分、早い段階で先制点を決めて序盤から主導権を握ることに成功した。

 

だけど、たいてい良すぎるとロクなことが起きない。

 

相手がドロドロの状況を良いことに、ラフプレーを仕掛けてきた。

すると途端に突き飛ばされる選手の数が増えてきた。

 

しかし優しい彼はやられてもやり返せない。

ベンチから「身を守るためにも戦え!」と伝えた。

 

声は届かず、彼は後ろからタックルを受けて、顔面から泥の中にダイブした。

 

すぐに立ち上がったがどうも様子がおかしい。

・・・転んだ時に手をやったらしい。

 

すぐにベンチに下げた。

 

「出来る?」

「痛い」

 

「出来る出来ないどっち?」

「痛い」

 

ドクターバッグから諸々取り出して応急処置をしたがほぼ会話にならない。

 

代わりに出場した選手は体格が小さい1つ下の選手だった。

ガッツのある戦える選手だけど、ものの数分でラフプレーの被害にあった。

 

「ヤバいな・・・」と思いつつ次の交代策を考えつつチラッとベンチを見た。

すると「コーチ!おれが行くよ、おれがやるから!」

 

彼が静かに力強い声で言いだした。

「お、、おおう!」かなり意外だったので変な声が出た。

 

「もっとやりたい、勝ちたい、勝ちたい・・・!」

居ても立っても居られず、その場で睨みつけるように視線を合わせてきた。

 

「手は?出来るの?」

「やる」

 

「痛いんじゃないの?」

「まだやれるから」

 

桜木花道のようにかっこいい。でも、本当は止めなきゃ行けない。

でも、いざその場面になると本人の意志を尊重してあげたくなった。

 

安西先生がケガを抱えた桜木花道をもっと見ていたいと言ったシーンが良くわかる。

 

普段はへらへらして本音を見せない彼が、

心から何とかしたい思っていてそのためにどうしたいのか、

はっきりと自分の意志を示してきた。

 

いま、ここ、次はない。

本当にその瞬間は今だと直感で思った。

 

だから、

「わかった、任せたぞ」

って送り出した。

 

悔しいことに試合は逆転を許して負けてしまった。

 

終わった後、彼に声を掛けた。

どうしても心境というかどう思っていて何を感じたのか聞きたくなった。

 

「手痛い?試合残念だったね、でもよくやったよ」

「別に、やりきったからいいよ」

 

その時の笑顔がすごくよかった。

 

おしまい

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