【2035年】発達障害という言葉がなくなる

1. 【20XX年、未来はこうなる! 】 

2035年、発達障害という言葉がなくなる。

 

2. 【そう思ったきっかけは?】

小学生の娘が一年半ほど登校となった。

その際に医師に発達障害(自閉症スペクトラム、強迫性障害)と診断。

 

復学を模索、実行する中でそれは個性であり、特にこれからの時代は強みになりうると感じた。

(半年ほどで復学)

 

3. 【誰がどんなことで困っているの?】

極めて狭いある特定の環境、状況である学校や職場で馴染めず、あるいは上手くいかず悩んでいる人診断「発達障害」の診断を受ける事により自分は問題がある人間だ、と卑下したり開き直ったり、また周りの人間も腫れ物に触る様になったり意見を言うと「理解が足りない」と叩かれたりと、コミュニケーションに歪みが生じる可能性がある。

 

4. 【だからこうした方がいいんじゃないか?】

一つ目に発達障害、という言葉を使って思考停止するのではなく、問題解決するための思考、「論理的思考」を本人も周りの人間も身につける事により、個々人それぞれ違うはずの問題を整理しながら解決を図る。

二つ目にその中でどうしても解決できないとした場合に、学校においても会社においてもオンラインでできる事が増えていく事により、あらゆる選択肢がある、という認識の広い視野をもっておく。

 

5. 【なぜそう考えるのか?】

あるクラスのある人間関係において、あるいはある会社のある部署において上手くいかない、という特定のシチュエーションに紐づくはずの問題が、「発達障害」とすることによりその人に紐づけられる事に強い違和感を感じる。

もちろん問題がある訳なので解決しなければならないが、その問題が何なのかわからなければ解決できない。

 

例えば一例だが、娘の場合虫が怖い、漢字が丁寧に書けないからパニックになる→強迫性障害、で虫がいない環境作りや漢字は書けなかったら書かなくて良い、としていたが結局不安な事。

嫌な事がある「から」虫や漢字でパニックになっていた。

結局その不安に焦点を当て、解決したらどちらも気にならなくなった。

 

不安とは「嫌な事があってやりたくない」「失敗したらどうしよう」。

どちらも丁寧に考え方から変え、トレーニングをする事で嫌な事があっても対処する術を身につけた。

こういった事をするには論理的思考は必須と考える。

 

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気付き

普段子どもたちと向き合っているからこそ心に響きました。

 

【シーン1】

子どもが同じ風景、変わらぬ景色をジッと見つめている。

大人が「早くしなさい置いてくわよ」と言う。

子どもは集中力が切れて親のもとに駆け寄る。

→よくある光景の一つだと思います。

 

嫌なことが気になる、失敗した後が気になる。

要は「気になる」から前に進めない、気になるから確かめたいけど確かめる術がないから感じ取ろうとしている。

それが子どもたちのやり方なのだと思います。

 

【シーン2】

子どもが同じ風景、変わらぬ景色をジッと見つめている。

大人が「どうしたの?何か気になるの?」と聞く。

子どもは「ううん、なんでもないよ」と答えたが実は。。。

→シーン1と2の違いは、「気になっていること」を「気付いてあげられているか」だと思います。

 

子どもの感性に耳を傾けること。

これが才能を潰さない方法の1つだと思っています。

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